バナーラシ    ウッタル・ブラデーシュ州


                         ここは、紛れも無くインド中のインド

                                              
   遠藤周作氏の“深い河”を読んだ。実際のバナーラシから受けた印象はその本からは程遠い印象だった。そこで会う人達は
    人生をそんなに深く深刻に受け止めていないように見える。何せ、今の世は何回も何回も輪廻転生を繰り返す内のたった
    一回に過ぎない。その生涯を無事まっとうできなければ、川に流され、流れ着いた岸で犬に喰われてもそれはそれで何の
    抵抗も無く仕方ない事と受け止められているのだ。

   バス ブッダ・ガヤー→バナーラシ 150Rs これは、大変なバスだった。結構気温が低く、バスの窓から隙間風が寒い。
              しかし、10時間半に及ぶ道のりの間一度もトイレが無かった。仕方無しの選択は一度は崩れた建物の陰で
              そこいら中に人糞が散らばる草地。 そして、何も陰になるものが無くこちらの状況も爆発寸前になった時
              究極の選択は公衆(殆どが男)の面前というものだった。道路は穴だらけ、それなのに絶え間なく走る
              トラック、バスの大型車で消耗し、削れた舗装が粉になり夥しい埃を舞い上げる。埃を気にしない?
              インド人はそんな状況でも窓を開け、風に当たりたがる。当然バスの中はザラザラになり、顔や髪の毛の
              上には埃が積もってしまう。

   ホテル Puja Guest House 150Rs シングル (シャワー、トイレ付き)窓からはガンガーが見え、屋上のレストランには
              更に広大な眺めがあり、美味しい食事と共に宿泊客が集まる楽しい雰囲気。夕闇が迫る頃、屋上からは
              ガンガー沿いにマニカルニカー・ガート(火葬場)の火が見える。24時間火葬しているからだ。
              
ガンガーでは何でもありだ。ガートでは聖水に浸かりその水を口に含み、飲む人もいるが、ちょっと上流では洗濯屋が朝早くから仕事に精を出している。 毎日、夕方から行われるプジャの儀式。母なるガンガーの神に祈りをささげる。
プジャには、インド各地からここを訪れているインド人が参加する。勿論観光客も参加できる。鐘を鳴らすのは自由参加だが、最後まで鳴らし続けるのは大変だ。 幾つかの祈り方をするが、この火を灯した祈りをガンガーよりみるととても神秘的らしい。
マニカルニカー・ガートで使われる薪。インドの環境破壊の大きな原因の一つが樹木伐採とそれを燃料にしている事だ。この薪の下にイタチが住んでいる。 火葬費用を布施に求めて路上に置かれた遺体。こうして長い時間、高温の炎天下に放置されている。
ガンガーにはたくさんのボートがあり、死者を水葬する際に遺族が川の中央まで付き添う。そのボートはまた、観光客を乗せている。 ボートの漕ぎ手。ボートを漕いで子供を育てたという。しかしボートは親方の持ち物故、使用料を払わなければならないと。良心的な人だった。
チョークと云われる旧市街には乗り物が入れない。狭い迷路を人々が行き交う。迷路だがゴードウリヤーかガードを目指せば迷う事はない。この狭い道にゴミが溢れ、何処からか流れてきた汚水で濡れているので、なお更に歩き難く滑り易い。ゲストハウスで会った女性は10年前にもバナーラシを訪れていたとか。今回あまりにも街がきれいになっているので驚いたという??一体以前はどんなだったのか。彼女曰く、ゴミの他に人糞もあり、足の踏み場も無かったとか。自然人糞より増しなゴミの上を歩いたという。 昼間はそれでも、何とか歩けるが夜にはこういう路地は真っ暗になってしまう。足元が悪く、人家の明かりすらない停電の時はもうお手上げだ。
旧市街迷路の店。お互い向き合っている店だが、中央の道は見分けがつかないほど狭い。 実際には真っ暗な中で仕事をしていた人達。この店は背丈の高さもなく皆かがんで奥へ出入りしていた。
ここを通行するのは、人間だけではない。牛達は腹が太く、狭い路地で対向すると、壁に押しつぶされそうになり、人家の入り口に一歩上がって避ける。 旧市街からゴードウリヤーへ出ると、市場が並び、リクシャが往来している。たくさんの人とリクシャで常に混乱状態だ。
駅までのリクシャ代はまちまちだ。インド人達は乗り合いで
5Rs程で行くが外国人は片道15から20になる。

ゴードウリヤーの市場で会った物乞い。独自の衣装が凝っていた。顔も緑色に塗りたくり、その上から額に赤い線を引いていた。髭は顔の半分を覆い、サドゥの貫禄さえうかがわせる。勿論裸足で歩いていた。市場には、野菜、果物、屋台のお菓子、日用品、衣料品などあらゆる物が揃い、店を観て周る事は全く飽きない。また、インターネット・カフェなども並んでいる。
ゴードウリヤーの屋台。ポテトを湯でて塊にし、更に油で焼いたものを売っていた。それにはいろいろな辛いタレをつけるのだが、タレ無しにしてもらった。 野菜屋さん。ポテトは3キロで10Rs。かなりの量がある。いつも、洗うだけで食べられるトマトとキュウリを買った。だいたい一個1Rsが目安。
秤は天秤で、日本では多分もうなかなか見ることが出来ない年季が入った代物だ。 女性にはサリーなどの店も多い。サリーをあれこれ見て歩いたが、“それ見せて”と云うと反物がビューンと飛んでくる。
ガート前の床屋。こうして路上でお互い向き合って座り、髪を切って髭をあててもらう。膝をつき合わせるので、遣り難そうだがなかなかうまくできている。 バナーラシの名所、ガンガー沿いのガートはいくつも連なるが、それ程広くはなく、歩いてもすぐ終わってしまう狭い範囲の場所だ。散策していると必ず、日本語が巧みなインド人が寄ってくる。お土産屋に案内するのが目的で、ちょっと要らないと云ったところで引き下がるような相手ではない。