タンジャヴール   タミルナドゥ州

  
    バス マドゥライ→タンジャヴール 45Rs
    ホテル ラージャ・レストハウス 100Rs メイン通りから裏にあるので、静かなはずがーーお祭りだったため、夜遅くまで
                              拡声器でインド歌謡を大音量で流していた。加えて、結婚式で来ていたグループが
                              まとまって泊り、夜遅くまで騒いでうるさかった。昨夜の大音響はまた朝早くから
                              始まり、なんともうるさい一日だった。


                                               


ブリハディーシュワラ寺院 (世界遺産)

寺院はどこでもそうだが、門を入る前から裸足になる。ここの寺院は門からしばらく小砂利の上を歩かなければならず、足の裏が痛かった。寺院内は石が敷き詰められているが、今度は石が焼けていて熱くて歩けない。なんとか日陰になっている所に辿り着いてほっとする。この寺院を囲む壁の内側にはずらっとシヴァ・リンガが並んでいる。寺院の石の塔の中にはいくつも祭壇があり、あの上半身裸で顔にカラーを塗りたくった僧が怪しげな祈りをしている。異教徒は入れないので覗いていると、手招きをしている。こういう所では何回か手招きされたが、観光客を入れて多めのお布施を要求しようという魂胆だ。
真っ暗な小部屋からはロウソクの明かりが漏れ、お参りに来た人たちは次から次から狭い暗い小部屋の中に入っていく。中からは異様な臭いとうめく様で地響きのような声が流れてくる。

ラージャ・レストハウスは広い中庭を囲むように部屋が取り巻いている。プリハディーシュワラ寺院も近い。通りから少し入っているが、その通りは夜になるとあちこちに屋台が出て賑やかになる。
バスターミナルの一角はとくに賑やかで、店が多い中インドの旧市街ではあまり見かけないスーパーマーケットがあった。この辺りでは、まだ時期には早いので、小ぶりだったがジャックフルーツが食べられた。この果物は大きなラグビーボール大で、味はパイナップルとドリアンを合わせたよう。大きな種が入っているが、冷やしたらさぞ美味しいだろうと思う。

タンジャヴールからチェンナイまでは6時間と聞いていたが、9時間掛かった。途中乗客は昼食。
しかし、もうカレーは食べたくないので、ココナッツのジュース休憩。ココナッツは意外と見分けが難しい。飲み頃のジュースがたっぷりで甘いのは外側に青みが残っているもの。そうではなくて、白い果肉がシャリシャリと食べられるものは茶色の繊維が出てきてろようなもの。ココナッツ屋さんは客の要望を聞きココナッツを見分けて小型のナタでストローが入る穴を切ってくれる。ココナッツは何処の家でも庭先になっていたりするが、あの高い所から切り落とすのは大変。専門のココナッツ切り屋に頼むのだそうだ。時々、見や大きな葉があの高さから落ちる。当たれば、怪我どころの騒ぎではない、死んでしまう。因みに市内などに出回っているココナッツの原価は1Rsもしないという。
 チェンナイ     タミルナードゥ州

 バス タンジャヴール→チェンナイ 130Rs
 ホテル  Kamatch Lodge 100Rs シングル (シャワー、トイレ共同)
          八方塞がりの狭い部屋は蒸し暑いうえ、隙間だらけのドアは覗き、侵入などの不安だらけ。
          共同のシャワーも忍耐力要。夜着いたため、一晩は泊ったが翌日変えた。

 ホテル Regal  180Rs シングル (シャワー、トイレ 付き) 快適だった。

チェンナイはかなり大きい。タンジャヴールからバスで来たが、街に入ってからが延々と永かった。
やっと着いたバスターミナルは分かり易く番号で別けられていていた。市内へは更にバスターミナルでバスを乗り換え、細かく分かれた目的地別に向かう。
Classical Dances

チェンナイは大きいが、旅行者にはエグモア駅周辺が便利。駅前通りを渡って、更に真っ直ぐ進む辺りにはホテル、安宿が多くある。その駅前通りからは市内あちこちへのバスも通っているし、インタネット・カフェも集まっている。チェンナイには、街中に牛がいないのもこうなると驚きだった。

市内を斜めに走るマウント・ロード沿いが中心地。スペンサー・ショッピングセンターはタイムトラベルのインドから21世紀に戻った感じがした。
チェンナイでは毎晩のように市内のどこかでダンス・フェスティバルが開かれている。新聞の案内板で開催場所を確認。カバーレシュワラ寺院の近くで開かれる事が分かった。 バスを3回乗り換えて着いたダンス会場には踊る予定の子供達のの家族が集まっていた。
そもそもダンスをするのは良家の子女。マハラジャ婦人がこの会の主催者だった。 さすが、マハラジャ婦人。同じサリーなのに、他の人達とは全く違った着こなしでなにやら気品に満ちている。内容は分からなかったが、しゃべり方はソフトで甘ったるく、独特の首フリフリも艶めかしい。恥ずかしげな振る舞いがなおさらに色っぽい中年手前のふっくらタイプだった。